「届かなかった手紙（一）」

Sorry, this article is now avairable in Japanese text only.

如何お過ごしですか？
もう、私のことは放っておいてくれとお思いでしょうね？

私はこの不幸な宿命の元に生まれついて、決して逃れることができないのだから、
私をこれ以上煩わせ苦しめないでくれ、私のこの淋しさと悲しみと惨めさと虚しさと、
そして苦しみしかなかったこれまでの人生をお前なんかに分かられてたまるかと、
しつこく付きまとう僕を憎んでおられるでしょうね？

小さな頃から誰にも認められず輝かず愛されずに、
それでも周りの人たちに必死のサービスを尽くして、
愛されたい認められたいと心に血を流すような思いで生きて来た私のことが
お前に分かる筈がないとお思いでしょうね？

私には何の価値も意味もないのだと毎日毎夜泣き暮れて、
私なんか死ぬべきなのだと自分を呪って手首を切ったり薬を呑んだりするしかなかった
この惨めで虚しいだけの苦しみは、幸せに恵まれたお前には分からない。

「素直に謙虚に自分自身を愛しなさい」

などとお前は偉そうに言うけれど、自分自身を愛することが出来るのなら、
私だってこんな思いに二十数年もの間苦しめられて来なかったのだ。
　
　私は愛したい。この私自身を愛したいし、愛されたいし認められたい。
意味に充ちた日々を生きたい。私の周りにいる人たちのように
毎日を浮かれて楽しんで満足して生きたい。

こんなに自分を切り刻んで、

「死ねばいいのに」

と、自分を呪いたくなんかない。

私が拗ねて僻んでいることは知っている。
死ぬ勇気のない自分を許せず、自分自身を呪うなんて、それがいけないことだということも知っている。
手首を切ったり薬を沢山呑んだり、そんなことをしてはいけないことだと、私だって分かっている。

でも、どうしようもないのだ。
分かっているのだ。どうしなければならないのか、私は誰よりもよく知っているのだ。
　
　でも、お前が一体何をしてくれると言うのだ。だから、放っておいてくれ！
あなたはそうお思いでしょう。
　
　
　あなたは今日もまたそのような思いに覆われて涙に暮れていることと思います。
僕があなたにお出しする手紙はもう何十通目になるのでしょうか？
あなたは頑なに心を閉ざして僕を無視し続けて来られましたが、
僕はこれまでずっとあなたに向かって誠実に僕のすべての思いを込めて書いて来た積りでいます。

あなたはこれらの僕の手紙を最早「また、詰らぬことを・・・」と、
封も切らずにゴミ箱に投げ捨てておられるのかも知れませんし、
最後まで読んだとしても、「お前になんか分かって堪るか」と、
怒りに震えて火をつけて燃やしていらっしゃるのかも知れません。

僕の呼び掛け訴える声や願いは恐らくあなたの胸を激しく揺らすことはないのでしょう。
僕が何も語ってはくれないあなたの心の在り様を推測し、
あなたのことを分かろうとして、あなたの苦しみを自分のもののように感じようとして、
心をこめてあなたに訴え求めても、あなたは素直に心を開いてはくれません。

あなたは自分の悲しみに頑なに閉じ籠っていて、
僕の手紙に僕の願いを読み取る気にもなれないのでしょう。
僕のあなたへの訴えは、現実を知らない軽薄な理想主義としか見えないことでしょう。
自分だけ安全な場所に居て、私のことなんか何も分からないくせに
小利口な美しい理屈を唱えているだけだとしか思えないでしょう。
偽善者にしか見えないのでしょう。　
　
　そしてあなたは僕を軽蔑し拒みつつ、

「私だって自分自身を愛したいし、愛されたいのだ。でも、それができないのだ」

と、更に一層憎悪を増して、

「私は子供の頃からずっとずっと淋しく悲しく虚しく苦しくて、
毎日毎夜自分自身を憎み呪って泣き暮らして来た。
死ぬべきだと自分自身を切り刻んで来たのだ」

と、呪文のようにそう繰り返して、今日もまた膝を抱えて蹲っておられるのでしょう。
僕も世も自分自身をも憎んで。
　
　
　しかし、それも仕方のないことです。
あなたは幼少の頃からもう二十数年もの間、

「わたしは誰にも分かっては貰えない。
認められず愛されない。私には何の価値も意味もないのだ」

と、自分自身を否定しつつ両親をはじめとして周りの人々の顔色を窺って、
いい子だと言われるように仮面を被って必死のサービスをして来られたのですから。
光も射さない、暗くて寒くて水もなく冷たい風吹く砂漠の只中にひとり蹲って来られたのですから。

「本当の私」を誰も分かってくれない。
私は生きることが許されない無価値な存在なのだと、
それだけを思ってご自分を裁き呪って来られたのですから。

心を素直に開くなどと、そんな恐ろしいことは決してできないと思っておられるでしょう。
自分は劣った人間だ、誰にも愛されず認められない無価値な存在なのだと
自分の内に閉じ籠って、何も信じられなくなっているのでしょう。
何ものにも心が震えないようになっているのでしょう。

ですから、僕がどんなに思いを尽くして、心を尽くして手紙を書いても、
あなたの心には届かないのだと思います。

恐らく、あなたは文字は読めても、
その文字を綴った僕の思いを感じることができないのでしょう。
あなたは僕がどんなに思いを尽くして手紙を届けても、
「ありがとう」との一言も僕に返して来てはくれません。
僕を拒み、無視し続けています。

それは、偽善者のお前なんかに私の苦しみは分からないという
あなたのメッセージなのでしょう。
　
　
　分かってほしいと求める人に拒まれ無視されることは、
正直に言えば、何より辛くて悲しくて苦しいことです。

それは誰よりもあなたご自身がご存じでしょう。

あなたに恨み言を言うのではありませんが、
あなたと初めてお会いしてから今日までの日々は本当に辛く悲しく
胸が萎えしぼんでしまいそうな毎日でした。

頑なに心を閉ざして決して自分を見せてはくれないあなたに
もうこれ以上呼びかけたりしないと何度決意を固めたことか。
何日もかかって書いた手紙を何度破り捨てたことか。

この冷血漢、エゴイスト、ニヒリスト、お前の心は死んでいるのかと、
あなたに無視される屈辱に心を焼かれて、
あなたのことをそんな風に罵ったことも確かです。

何故分からないのだ、何故そんなに頑なに自分自身の裡に閉じ籠って自分を憐れんでいるのか、
あなたは誰よりも自分自身を大事に思っているではないか、
苦しんでいることを誇っているではないかと、悲しみと怒りに震えるのと同時に
分かって貰えない自分自身が虚しくて惨めで叶わなくなった日も沢山ありました。
僕の方が自分自身には何の価値も意味もないと自分を責めて呪う夜も数限りなくありました。
　
　でも僕はこうして今日もあなたに向かって、
「分かって下さい」と祈りつつ手紙を書いています。

何故なのか？

こんなに拒まれ無視されるだけの、
報われない虚しい手紙をこんなにも書き続けているのか？

必要ともしていない手紙を受け取らねばならないあなたにはお分かりにならないかも知れませんが、
ただ、あなたが僕にあなたの心情を漏らした時のことを僕は今でも変わらずに信じているからです。

あなたはこう言いました。

「私は誰にも認められず、求められず、愛されなかった。
私の存在は無価値で無意味で、生きることが許されない存在なのだ。
死ぬべきだと、私は自分を呪っている。

それでも私が今死んでいないのは、私には死ぬ勇気がないから、それだけの理由だ。
でも、恥ずかしいけれど、私は本当の私を分かってほしいと求めていることも確かなことだ。
死ぬほど抱きしめて欲しいと血が出るような思いで願い求めているのも否定できないことだ」
　
　僕は、そのあなたの心の軋む声を聞きました。
そして、あなたがどんなにご自分を否定し呪っていても、本当は、

「もうこの苦しみから逃れたい。
毎日々々死ぬべきだと、自分を裁いて呪って傷つけることはもう厭だ、
私は十全に生きたい」

と、あなたが心の奥底では叫んでいると信じているからです。
そしてその叫びは、僕が二十歳のころから苦しめられて来たのと同じ苦しみだと思うからです。

もちろん正直に恥を忍んで言うなら、僕はあなたに分かってほしい。
僕を分かってほしい。
感謝もされたいし、認めてほしい、それも間違いのないことです。

僕があなたに拒まれ無視され続けてもそれでもこうして手紙を書いているのは、
恐らくあなたへの純粋な愛に充ちているだけではないでしょう。
ここには、報われたいという僕の欲望と言うなら欲望が潜んでいることも
僕は否定することができません。

あなたが大切で可愛くて大切で可哀想と思い、
何としてでもあなたがあなたとして十全に喜びの裡に生きて欲しいと
心の底から祈りつつも、僕を認めてほしいと僕が求めていることも確かです。

それを否定したりはしません。
このことを醜いとあなたが思われるなら、僕はそれを甘受します。
非難されるなら、それも仕方のないことです。
　
　
　あなたは僕に対する尊敬も憧れも持ってはおられないでしょう。
感謝してもおられないでしょうし情も感じてはおられないでしょう。
あなたにとっての僕は大切な存在でも愛し求める対象でもないでしょう。
僕はあなたが必要と求めるのではない迷惑な存在でしかないでしょう。

美しく立派なことを言っているが、
所詮お前だって自分が報われ称賛されることを求めているだけのことだ。
自分が大切なだけなのだ。
お前がどのように美しいことを自分の慰めの為に私に語ろうと、私は信じない。
私にはもう美しいことも尊いことも、感謝することも喜びも、
信じることも何一つありはしないのだと、僕を拒むでしょう。

自分自身を呪っている私にはもう夢も希望も憧れも理想も愛も、
そんな「なりたい自分」など何一つありはしないのだ。
何の価値も意味もない私はすべての望みを捨ててしまったのだから。
そんな私にお前が一体何をしてくれると言うのだ。あなたはそのように僕を拒むでしょう。
　
　確かに、そう、その通りなのでしょう。

何も信じない。それだけがあなたがこれまで生きて来られた人生の中で確信した
揺るがすことのできない真実なのでしょう。

すべては虚しいのだ、私は何ものをも信じないのだと。
　
　あなたは信じてくれはしないのでしょうが、
しかし僕はそのことも分かっているつもりです。

僕はあなたが僕を拒み無視する理由も、
あなたの屈辱も虚しさも淋しさも苦しさも分かっているつもりです。
あなたが苦しみをむしろ誇って、そこから出たくはないと思っておられることも、
そしてあなたが僕を求めず、信じておられないことも分かっているつもりです。
　
　でも、それでも、僕は書いています。
あなたが本当は自分自身を大切にしたいと思っておられるから。
自分自身を否定し呪わざるを得ない虚無の苦しみを逃れて、
あなたがあなたとして生まれたことを感謝し喜びに包まれる地平に立ちたいと、
本当は願い求めておられるから。
死ぬほど愛されたい、生きる意味が欲しいと呻いておられるからです。
この可哀想な「本当の私」を死ぬほど抱きしめて欲しいと
心が軋み声を上げるほどに求めているからです。
　
　
　僕は分かってほしい。
あなたがあなた自身を裁いたり、否定したり、呪ったりする必要は何もないのだと分かってほしい。

あなたはあなた自身を本当は愛しているが故に
そうして自分自身を切り刻んで来たのだということを分かってほしい。

そして、この世に命を得た僕たちには、自分が今生きて在ることを喜び
感謝すべき億万の理由があるのだということを分かってほしい。

素直に謙虚に自分自身を知って、虚無の囁き、悪魔の誘惑に欺かれてはならないのだと、
分かってほしいと真剣に願っているのです。