「ニヒリズム(二)」
Sorry, this article is now avairable in Japanese text only.
「誰も私を愛してくれなかった」
彼女は何の感情も表さずに、仮面をつけたような面持ちで言う。
「親も兄弟も、級友たちも先生も男も同僚も上司も、
誰一人として本当の私を認めてはくれなかった。
愛してはくれなかった。
私は、生まれてから今日に至るまでずっとずっと必要のない子だった。
要らない存在だった。
どんなに求めても、どんなにサーヴィスを尽くしても、
お愛想をしても甘えてみても、夜を徹して勉強して、
人の倍ほどの仕事をこなしても、裸の体を差し出しても・・・
何をしても、誰も本当の私を分かってはくれなかった。
認めてはくれなかった。
愛してはくれなかった。
私にはもう夢や理想はもちろんのこと、
何の望みも願いも欲求もありはしない。
楽しいことも喜びも、ありはしない。
私は、望んではいけないのだと、それらを全部捨てて来た。
私には大切なものなんか、何もない。
私と他人との間には透明なガラスでできたぶ厚く高い壁があって、
私は誰の心とも触れ合うことができないし、
触れ合いたいとも最早思いはしない。
私には彼らに対する軽蔑以外の何の感情も湧いては来やしない。
誰も好きにはなれない。
何の興味も駆り立てられない。
みんな、私とは別の世界の人たちだ。
こんな私には何の価値もない。
私の存在には何の意味もない。
私は自分を大切にすることも愛することも望むことももうできない。
こんな私は死ぬべきなのだ。
これまでに何度も何度も手首を切ったり、薬を呑んだり、
降りしきる雪の川に足を踏み入れたりしてきたが、
情けないことに私は決定的に死ぬ勇気がなくて今も生きながらえている。
私が今もまだ生きているのは、それだけの理由だ。
死ねないから生きているだけの屍だ。
すべては虚しい。
人生は生きるに値しない。
私は自分自身を憎み、呪っている。
人々を軽蔑し、憎んでいる」。
こう言う彼女にはどんな思いも届かない。
どんな願いも慰めも理屈も祈りも彼女の心には響かない。
暗く冷たく凍りついた自分の内に閉じ籠って
頑なに心を閉ざしている彼女には誰の思いも届かない。
私の存在は無価値で無意味なのだと、
彼女は自分自身を否定して呪うばかりだ。
決して心を開かない。
「全ては虚しい」のだと。
僕が、
「その思いはよく分かるつもりだ」
と言うと、彼女は烈火の怒りを持って僕を罵るだろう。
「お前になんか分かって堪るか、
お前が一体私の何を知っていて、何をしてくれるというのだ」
と。
確かに、そうである。
僕は彼女に彼女の存在の意味を与えることはできないし、
僕が何を訴え願ってみても、
彼女は僕の言葉に胸を震わせることはないだろうし、
増してや感謝したり喜んだりすることはないだろう。
彼女は自分には信じるものも願いも欲求も何もないと思って疑わないのだし、
何より自分自身を否定し憎み呪っていると頑なに思いこんでいるからだ。
私は何ものも信じないと固く心を閉ざす彼女に僕の言葉が響く筈はない。
彼女は決して心を開かない。
「私は誰にも愛されなかった」。
自分にそう言い続けて長い長い間閉じ籠って来た彼女の心は凍りついてしまっている。
彼女にはそうする以外に為す術はなかったのだ。
それは彼女にとって限りなく淋しく悲しくて苦しいことでもあったのだろうが、
そうするしかなかったのだろうし、今もそうするしかないのだろう。
彼女はただただ頑なに自分の内に閉じ籠って、自分自身を呪っている。
誰も本当の私を愛してくれない。
可哀想な私と。
傷ましいことだ。
これ以上なく悲しいことだ。
自分自身を否定し呪って自分の内に頑なに閉じ籠る以外に自分を守る術がないとは。
誰も信じることができなくて素直に自分を表すことができないとは。
他者からの思いに眼を向けることも感謝することも喜ぶこともできないとは。
何ということだろう。
こんなことがあっていい筈はないと、
僕は毎日毎夜胸が痛くて叶わなくなっている。
気づいてほしいと、心が軋み声をあげる。