「届かなかった手紙(二)」
Sorry, this article is now avairable in Japanese text only. あなたに訴える手紙の冒頭にこのように書くことは、
あなたを傷つけて一層頑なにするのかもしれないと僕は恐れていますが、
しかしこれは最も重要な肝心ですので、お書きすることにします。
あなたのこれまでの人生は淋しくて悲しくて虚しく惨めで苦しかったのだと思います。
子供の頃からずっと大好きなご両親の期待に応え喜ばせたくて、そして同時にまた、
認められたい愛されたいと一途に命を懸けて願い求めて来たというのに、
その望みも願いもすべて裏切られ破られ砕かれて傷ついて、
その結果自分の存在・人生には何の価値も意味もないのだと自分自身を呪って来た
あなたの人生は虚しさと苦しさだけに満ちたものだとしか思えないことでしょう。
何の喜びも楽しさも、肯定的な思いなど何一つなかった、
私の人生はただ人々へのサーヴィスばかりで惨めで苦しかっただけだと、
そんな思いに毎日々々襲われ脅かされて来たのだというのがあなたの真実なのでしょう。
それを僕は分かっているつもりです。
でも冷静に考えてみて下さい。
あなたは確かに命がけの願いを認められずに生きて来て、
そうして今、このように考えておられるでしょう。
「私はいつも人の顔色を窺って必死のサーヴィスをして来た。
いつもいつもお利口さんを演じ続けて来た。
笑顔の仮面を被ってサーヴィスを続けて来た。
だのに本当の私は誰にも認められず、求められず、愛されなかったのだ、
私はどうせ駄目なのだ、誰も本当の私を分かってはくれない。
私の存在には何の価値も意味もないのだ。
だから私は一人で生きて行く。
もう誰も頼ったりはしない。誰も信じはしない。
私は他人に頼らぬ強い自分を確立して一人で生きて行く。
だからもう、私に構わないでくれ、放っておいてくれ」
と、頑なに心を閉ざしてこの世の何ものをも拒んでおられるでしょう。
しかし、それはあなたが心の奥底から願い求めていることではないことに
あなたは気づいてもおられるでしょう?
僻んで拗ねて自分自身を否定して、一人ぼっちで生きて行くと決意しつつも、
それでも
「本当の自分を分かってほしい、認めてほしい、愛してほしいと」
と願い求めているご自分に気づいてもおられるでしょう?
素直に正直にご自分の心の奥底を見つめてみて下さい。
子供の頃、自分の求めることが親に否定されたり激しく叱られたりした時、
自分の部屋に逃げこんで、閉じ籠って泣き続けたことがあなたにもおありでしょう?
「私のことを分かってくれないんだ。私は必要がない子なんだ、愛されていないのだ」
と涙に暮れて、ずっとずっと暗い部屋に蹲って泣いていたことがあったでしょう?
その時のことをよく思い出してみて下さい。
あなたはその時悲しみに泣き暮れながら、誰かを待ってはいませんでしたか?
「いい子だから、もう泣かないで、機嫌を直して。
お父さんもお母さんも心の底からお前を愛しているんだからね。
お前は大切ないい子なんだからね。泣かなくても好いんだよ」
と、慰めに来てくれる親を待っていたのではなかったでしょうか?
あなたが自分の部屋に閉じ籠って、
私なんか要らない子だ駄目な子なんだと僻んで拗ねて決定的に自分自身を否定しつつも、
その心の奥底ではあなたを愛して抱きしめてくれる親を願い求めていたのではないでしょうか?
ごめんなさいね。厭な思いをさせてしまったでしょう。
「僻んで拗ねている」と言う僕を憎んだでしょう。
でも、これがあなたの心の真実なのです。
僕たちはどんなに自分自身を否定してみても、それでも認められたいのです。
僻んで拗ねて自分を駄目だと否定するのは、認められたい愛されたいと
望んだことが叶えられなくて苦しんでいる自分を救いたいからなのです。
これはもう結論なのですが、僕たちは如何に自分自身を裁いて否定して呪ってみても、
それでも自分自身を大切にしたいのですし、愛したいのですし、
そしてそうするように人を愛したいのです。
人を求めているのです。
この自分を素直に認めること。
謙虚に真っ直ぐにこの真実をそのまま認めて受け容れること、
このことこそがこれまでの苦しみを乗り越えて光の地平に至るための第一歩であり、
またすべてなのだと僕は思うのです。
僕は、「結局人は自分だけが大事なのだ」と
人々が軽薄に言うようなことを言っているのではありません。
「人間なんて所詮はエゴイストなんだよ」と嘯いている
浅薄な人々と同じように言っているのではありません。
あなたはもうこのような心理については十分にお分かりなのだと思います。
僕が今日もまたこのようなお手紙をあなたに向かってしつこく書いているのは、
あなたが今もなお苦しんでおられるからですし、僕自身もまた、
もう四十数年もの間屈辱と虚しさと淋しさの嵐に襲われ続けて苦しんで来たからです。
自分の存在には何の価値も意味もないのだ、
死んでしまえば好いのにと自分自身を呪って来たからです。
でも僕は気づいたのです。
死なねばならないと自分を否定し苦しんで来た僕の心の奥底に、
「それでもなお生きたい。愛されたい。
本当の自分を分かって貰いたい。
何としてでも、今の自分自身を乗り越えて、
美しく尊いものの溢れる光のうちに立ちたい。
愛したい」
と願っている僕自身が居ることに気づいたのです。
僕は、あなたの人生も僕の人生も、決して無意味であって良い筈がないと思うのです。
あなたがあなたの存在を否定し呪うなどということがあっていい筈がないと思うのです。
そして何より、この僕の心の底からの願いをあなたに分かって貰いたいのです。
あなたがあなた自身の心の奥底に潜んでいる「愛を求める自分自身」に気づいてほしいのです。
生まれて来て今生きているということを喜びたいと願っている自分自身に
気づいてほしいのです。
もし、あなたの願い求めていることが僕が今お話したようなことでないのでしたら、
仰って下さい。もし、あなたが、
「私は今のままでいたいのだ。これは私の宿命なのだ。
私の苦しみはお前なんかには分からないのだ。お前なんか必要ないのだ」
とお思いなら、仰って下さい。あなたが、
「本当の私を分かってほしい」
と思っておられないのでしたら、僕の思いもこの手紙もすべては無意味なのですから。
僕はあなたを分かりたいと願っていますし、そして僕を分かってほしいと願っています。
もしあなたがそんな必要はないのだ、お前は偽善者だとお思いなら、
今すぐにこれをお読みになるのをやめて、ゴミ箱に捨てるか、
それでも気が済まないなら、泥のついた靴で踏みつけて、
他のゴミと一緒に燃やして下さい。ドブに捨てて下さい。
でも、もし、あなたが僕の言うことをほんの少しでも、
「本当かも知れない」とお思いなら、赤ちゃんのような素直さをもって読んでみて下さい。
ご自分の心の奥底をしっかりと見つめてみて下さい。
僕は、人間にとって、「素直で謙虚で誠実であること」が最も大切だと考えています。
そして、それを失って頑なに自分に拘るところにこそ、
苦しみや淋しさや虚しさが襲って来るのだと考えています。
素直さと謙虚さと誠実さの反対、つまり自分に拘って頑なになること、
傲慢になること、他者に敬意を払わず大切に思わないこと。
それこそが僕たちを孤独地獄に突き落として、
淋しい悲しい辛い虚しいと自分自身を否定し苦しめる根本の原因なのだと考えています。
また或いはそれこそが、自惚れて、人の心も何も分からずに人を傷つけてやまない
エゴイストになる根源だと思っています。
ひねくれ捻曲がって拗ねて僻んでいる
ニヒリストであることを誇っている根源なのだと考えています。
あなたには思い出すこともできないほどに辛くて苦しい過去の経験が幾つもおありなのでしょう。
心の限り望んで必死に努力したのに裏切られ傷つけられて来られたのでしょう。
誰にも愛されない、自分には何の価値も意味もないと、
惨めさに心が張り裂けそうでどうしようもなくて、
自分は死ぬべきだと思い続けて来られたのでしょう。
また、今の自分もひとに迷惑をかけるばかりで、自分のこの不幸は宿命で、
永遠に逃れることができないし、
その悲しみを誰ひとりとして分かっても愛してもくれないと思っていらっしゃることでしょう。
そして自分を理解しない他者も世も自分自身をも軽蔑し憎み、呪っておいででしょう。
理想も誠実も美しいことも尊いことも愛も何も信じられないのだ、
そんなものはありはしないのだ、神さまなんかいないのだ、現実は悲惨さに充ちている。
私は強い自分を確立して、誰にも頼らずに自分だけを信じて生きて行く。
だから、私を、放っておいてくれと、頑なに不幸な自分を呪って閉じ籠っておられるのでしょう。
一体こんな私をどうしろと言うのだと。
私は無価値で無意味で、何をしてもしなくても、どうせ私はクズなのだ、
私は苦しくてかなわないのだと、その思いばかりに毎夜覆われているのでしょう。
違いますか? これは見当外れですか?
どうか頑なに心を閉ざさずに、素直になってご自分の心の奥底を見つめてみて下さい。
赤ちゃんのような素直さで、僕のこの手紙を読んでみて下さい。
あなたは精一杯に限界を尽くして誠実に命を懸けて願い求めて来られたのですから。
そんなに美しく清らかな魂はないのですから。
ですから、虚しく凍りついた部屋に自分自身を閉じ込め頑なに心を閉ざさないで下さい。
赤ちゃんのような素直さと謙虚さをもって足を一歩踏み出してみて下さい。
ご自分をそこから出してあげて下さい。
光は射しているのです。
ですから光を求めて、「本当の私」が願い求めて来たものは何だったのかを、
見つめ直してみて下さい。
正しく、頭を悪くせずに、見つめてみて下さい。
(つづく)