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ギャラリー主の信条(一)

絵を描いている以上、公募展に入選して展示されることや、
ギャラリーや美術館で個展を開いて貰うことは
誰もが夢見て願うことなのだろうが、
公募展に入選して展示されることは兎も角、
ギャラリーや美術館での個展開催となると、極めて難しい。

僕が20年ほど前に初めて個展を開くことができたのは、
意図せぬ幸運と言うか、有難いギャラリーオーナーに偶然恵まれたお蔭だった。


ある日、見知らぬ声の電話があって、
「うちのギャラリーでサムホールの展示会をするので出品しないか」
と問いかけられた。

それまでにもそのような誘いは何度か受けていたものの、
何か胡散臭く思えて全て断って来ていたのだが、
この時は何故か電話の向こうの女性の声が信用できるように思えた。

僕は「何故僕のような田舎の名もなき者に?」と、訊かずにはいられなかった。
女性の答は、どこやらの公募展で展示されている僕の絵を見たというようなことで、
「今回の展示会に参加料などは要らない」と付け加えられた。
僕は、すぐに承諾して、サムホールサイズの絵を3点送った。

僕がその展示会を見るために銀座まで出かけて行ったのかどうかは憶えていないのだが、
その折りか、その後暫くしてからか、
オーナーからギャラリー主催の個展を開かないかというお誘いを受けて、
翌年に個展を開催することになった。

人生最初の銀座での個展。

果たして、来場者も売上もそれほど多くはなかったが、
オーナーは毎年同じ時期にやりましょうと言って下さって、
以後10年ほど続いた。

「50年後、先生は天上から
美術館にずらりと展示されたご自分の作品を見ることになりますよ」。
死後とは困ったことだが、オーナーのそんなお世辞が嬉しかった。

僕は毎年一週間の休みをとって会場に詰めた。
その間オーナーは、絵の世界について何も知らない僕に色んなことを教えて下さったり、
僕の絵のスタイルなどについても貴重なアドバイスや励ましを沢山与えて下さった。

「作家を自分の眼で見出して、
その作品を然るべく展示し販売して市場に乗せることが
ギャラリーの本質的な仕事であり、責任だ」

とは、オーナーがいつも語って下さった信条である。

  

「人生とは何か、人間如何に生きるべきか」を問い続けること、そして思い考え感じた、それら名状し難い混沌をキャンバス上に表すことが僕の生涯をかけた仕事である。表現方法としては、西洋の材料である油絵具に金箔、銀箔、和紙、膠など日本の伝統的素材を加えて、これまでにない新しい世界観を表そうと考えている。わび、さび、幽玄など日本文化の最深奥に流れている概念があるが、そういう概念を介さずに直接心を打ち貫く切実さを描きたい。ものの持つ本来の面目を。

前 壽則 Mae Hisanori

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